ひとりの時間
こんにちは。
2023年最初の週末、成人の日にかけて長い連休の方もいらっしゃることと思います。
意図せずして得た約1.5ヶ月の長期休暇も、残すところあと10日となりました。
年末から続いたひとり暮らしも、明日で終わりです。妻が帰ってきますが、正直、どんな対応をしたらいいのかわからなくなっています。
妻は私が悩んでいるとは思っていないでしょうし、いつも通りでいいのだとは思いますが、妻との適切な距離感をまだつかめていません。
今後ふたりで過ごす時間が今までよりも少なくなるとはいえ、お互いに依存しない、適度な距離感を掴むためにどうしたらよいのか、考えあぐねています。
私自身が仕事もせず、ほとんど人との関わりをもっていないことも、余計なことを考える原因のひとつになってしまっています。
ただ、いかんせんひとり暮らしが楽すぎて、アメリカでのひとり暮らしのことや、本帰国してからのひとり暮らしのことを考え、楽しみにしている自分もいます。
今後の人生をどう歩むのか、まだまだ考える必要がありそうです。互いに互いを頼れる存在であり続けられるかどうか、もう少し時間をおいて考えてみます。
今後、しばらくはひとりの時間が少なくなるため、このブログの更新頻度は落ちると思います。妻との生活の中で見出すことがあれば、随時更新をしていきます。
今後とも、よろしくお願いいたします。
気分転換の話
こんにちは。
世間では仕事初めですが、未だに世間から置いていかれています。
十分に休養して、精神的に早く回復したいのですが、ずっとひとりで家に閉じこもっていると、回復するどころかどんどん塞ぎ込んでしまいます。
アメリカ滞在中は、週2でランニングと筋トレをしていました。適度な運動と体型維持を目的に、健康維持を目的としてアパート付帯のジムを利用していました。
日本に帰国中はそれもなくなってしまったため、元気があるときは近くの山へハイキングに出かけています。5~6キロ程度歩くことができ、帰宅後には自重トレーニングができるくらいに気持ちが前向きになります。
日光を浴びることは大切、と言われていますが、今回それを身をもって体験しています。外に出て少しでも体を動かすと、頭の中のもやもやもすっきりする気がします。
妻はアメリカ滞在中、基本的にアパートにおり、自分から外に出ることをしませんでした。今回、日光を浴びたときと引きこもっているときの差を身をもって感じていますが、こういったことも、少なからず妻の心身への負担になっていたのだと思います。
依存されていた今までは、妻をひとりにすることが私へもストレスとなっていました。
離れて暮らすことが妻の依存先を制限してしまうため、妻の不安定になる感情が私の大きな負担となり、遠方のためそれを十分にケアすることもできず、互いに疲弊してしまうことが多くありました。今回の海外赴任はそれを避けるために帯同を選択しましたが、彼女が私に依存する必要がなくなり、距離を置くことに問題がなくなるのであれば、私自身の負担も大幅に減り、それぞれのやりたいことを満喫できるのではないかと、前向きに考えられるようになってきています。
今はとにかく、早くアメリカに戻って仕事を再開し、現地の同僚にすぐにでも会いたいと考えられるようになりました。今回の日本滞在期間の延長は、自分自身の問題ではなかったため、やり残しや現地への未練がまだまだあります。
常に一緒にいることだけが夫婦ではないと思いますし、いざというときに寄り添える場所がある、帰る場所があるということに、家族としての価値があると思っています。
果たして、彼女がどう考えているのかは、今はまだ怖くて聞けません。
彼女の中では夫婦は「恋人の延長」であり、そうでなければ「友達」となり、おそらく「結婚」か「離婚」の白か黒しか存在しないのかもしれません。
家族とは、家庭とは、夫婦とはなんなのか、価値観は人それぞれですが、それもまた人生でしょう。なるようにしかなりませんし、今は自分を大切にしたいと思います。
機嫌の話
こんにちは。
人間である以上、誰しも機嫌が悪いとき、機嫌がいいときがあると思います。
妻の場合、特にこの起伏が大きく、過去に何度もトラブルになったことがありました。
女性のアスペルガーの方においては、ホルモンバランスや自律神経の影響を受けやすく、体調を崩しやすい傾向がある、と以前にもここに書いたと思います。
ホルモンバランスに影響されやすいということは、生理前後の精神的な面においても、大きな影響があると考えて間違いないでしょう。
妻と正常に意思疎通が図れている、こちらの意思が伝わっていると感じることは、体感で1ヶ月のうち1週間程度しかありません。それ以外では、極端にスキンシップが過剰になったり、私の意見を否定として受け取って不機嫌になったり、直前まで笑って話していても、次の瞬間には不機嫌になったりして、最後まで話が続けられません。
おそらく、PMSやPMDDといった症状が出ているのだと思います。
現在は低用量ピルを服用することで改善はしていますが、それでも感情や私への敵対視がなくなることはありません。
以前、またピルを服用していなかった頃ですが、ちょっとしたことで口論になり、夜中に家を飛び出してしまうことがありました。それが1度ではなく、2度、3度とあったことから、産婦人科の受診を促し、現在に至ります。
1度目は私も動揺していたこともあり、家出した妻を探しに行きましたが、2度目、3度目はさすがにそういうわけにはいかず、全力で止めた記憶があります。
今になって思えば相当異常な行動ですが、当時は新婚で、同棲が始まってすぐだったこともあり、あまり大きなことと捉えていませんでした。
妻の場合は、他人にそういった行動は見せず、自分をさらけ出せる関係にならない限りはこのような行動はおろか、兆候すら見せることはありませんでした。
つまり、結婚する前は、ほとんど今とは真逆の性格であると思っていたのです。
発達障害が生きる上での障害にはならず、それでも生きづらさを感じている方々は、こうして自分を抑えて周りにとても気を遣いながら生活されているのだと思います。
気を許せる人、遠慮しなくてもいい場所を提供できていると思えば嬉しい反面、自分が我慢するしかないと思ってしまうと、それには苦痛を伴ってしまいます。
お互いに居心地のいい距離を保つために、試行錯誤してみようと思います。
お正月
こんにちは。
2023年のお正月を、どうお過ごしでしょうか。
なぜ私はここにいるのか、こんなはずではなかったという考えを抑え込みながら、おそらくは人生で初めての、ひとりで過ごす三が日を迎えております。
年越しは、友人に気晴らしに付き合ってもらい、富士山の見える温泉宿に宿泊してきました。特に年越しらしいことはしませんでしたが、誰かと話をするだけでも気は紛れ、ひとりで考え込んでしまわずにすみました。
私がこのように悩んでいることも、妻は知らないでしょう。
転職活動を始め、その結果や面接日程のことで頭がいっぱいになっていると思います。
「自分の人生でメリットがない」とまで言われましたが、私の人生はどうなるのか?と今になっては徐々に怒りの感情も芽生えてきてしまっています。
そもそも、相手がどのように感じるかを察する、考えることができないのは仕方がないことですが、私の人生についても少し、考えてくれたらいいのにと思ってしまいます。
状況は落ち着いていますが、そんなことを考えているうちに、軽度のうつ症状を自覚してきています。朝は起きられず、食欲もなく、趣味への興味もほとんどありません。
せっかく時間がある中で、やりたいことやできることはたくさんあるはずなのに、それらへの関心がほとんど湧いてきません。こんなことは、今までで初めてのことです。
人と関わるのも煩わしく感じてしまい、かと言ってひとりでいても考えがネガティブになってしまいます。
日程は決まっていますが、なるべく早く渡米し、仕事を再開することで気が紛れればと思います。しばらくのひとり暮らしで、何を気にするでもなく、気楽に生活できることを望むばかりです。
謹賀新年
こんにちは。
あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。
年末から妻は実家に帰省しており、つかの間のひとり暮らしをしております。改めてひとりになってみると、常々妻の表情を伺いながら生活していたのだと思い知ります。
揉め事を避けたくて、妻の機嫌が悪いときも基本的に「私が悪い」というスタンスでいましたが、これがずっと私にとっての重圧になってしまっていたことに気づきました。
妻が遠慮しなくなった今、私も変な気を遣わずに、正面から妻と向き合おうと思い始めています。親しき仲にも礼儀あり、を大切にし、我慢するのではなく言いたいことはきちんと伝え、少しずつ話をしていこうと思っています。
とは言うものの、妻が気を遣うのを苦手とする以上、無理に距離を縮める必要もないとも思います。妻の暮らしやすい環境で暮らしてもらい、それぞれが無理のないような夫婦関係や環境を作るのも、ひとつの夫婦の形であると考え始めました。
社会的に生涯を共にする関係であるならば、無理に物理的に一緒にいる必要もないのではないかと思います。
幸い今後の私の仕事においても、しばらくはアメリカに単身で残ることになりますが、日本に帰国してからも、程よい距離が保てる環境を整えられる運びになりそうです。
お互いにもういい大人ですし、お互いを尊重できるような関係性を築いていきたいと思っています。互いに信頼できるからこそ生まれる安心感を、大切にしたいですね。
閑話休題
こんにちは。
2022年も最後の日となりました。
昨年の今頃は、初めてのアメリカ赴任に妻との素敵な駐在ライフを思い描いて、不安もありながらも胸を高鳴らせていました。
まさか一年後、自分の人生を見つめ直すことになろうとは、思いもしませんでした。
年末、ひとりで家に閉じこもっていてもつまらないので、友人に勧められるがままに、ひとりでふらっと出かけてきました。
アメリカ行きの飛行機、ビジネスクラスで食べるはずだった鰻を食べ、
零戦のレプリカと写真を取り、
関東のからっ風に吹かれ、暗い川沿いの夜道をガタガタ震えながら帰ってきました。
2023年は、自分に正直に、やりたいことをやろうと思います。
妻ともしばらく距離を置くことになりますし、せっかくのアメリカ生活を、自分なりに楽しく送りたいと思っています。
仕事についても、自分のやりたいことをやるために少しずつ動いているところです。
もしそれが叶えば、駐在任期を早めに切り上げて日本へ本帰国し、また新たなチャレンジができたらいいなと、前向きに考えることができるようになりました。
日本に帰国したとしても、しばらくは妻とは距離をおこうと思っています。現時点では同じ空間で生活することを息苦しく感じてしまうため、お互いの生活がしやすい夫婦の形が作れたらと思い、それを模索していこうと思います。
最も、そんなことを考え、思い悩んでいるのは私だけだと思いますが。
また来年も、よろしくお願いいたします。
独り言が多い話
こんにちは。
誰しも、ひとりでいるときや周りを気にする必要がないとき、ひとりごとをつぶやいて気を紛らわせたり、歌を口ずさんで気分転換することがあると思います。
しかし、誰かが聞いていたり、同じ空間に誰かがいたりすると、相手を気にしてこういった行動は控えることも多いのではないでしょうか。
先日の記事でも書きましたが、妻には共感する能力が備わっていないようで、自分の振る舞いが相手にどう映るのか、イメージができていません。
結果、イヤホンやヘッドホンをしたまま周りを気にせず大声で歌ったり、ヘッドホンをしたまま話す際の声量をコントロールできなかったり(妻には自分の声が聞こえにくいため声が大きくなる)、思ったことをそのまま口にしたりします。
特に、思ったことをそのまま口にするのは、私に話しかけているでもなく、考えたこと、思ったことを本当にそのまま口にします。
そもそも情報処理が苦手で、意図しないことが起きた際の臨機応変な対応が苦手であるため、インターネットでの手続きや作業をしている際、うまくいかない苛立ちや「なぜできないのか」といった、私にとってはつぶやく必要性のないことを延々と話し続けます。
私にとって、できないことを「できない」と呟くことは全く意味のない行為に写ってしまい、なぜ解決策を考えられないのか、と思ってしまいます。
そもそも、予期せぬことが起きている時点でそれに対処することができず、なかばパニックのような状態になっており、その対応を考えるという選択肢がないのだと理解していますが、その状況に慣れることができません。
せめて黙っていてくれれば…と思うのですが、それも難しいのでしょう。そこで「良かれと思って」アドバイスをしようものなら、自分のルールを貫き通すために一蹴され、余計に私がつらい思いをすることになります。
「良かれと思って」を汲んでもらえず、思い通りにならずに苛々され、独り言を延々とつぶやかれるのは、どうしてもストレスを感じざるを得ません。
今はただ、仕方がないことと自分に言い聞かせ、耐えるしかないのかと思ってしまいます。